2012年05月15日
第54回自治体学校in浜松



第54回自治体学校が7/21-23の3日間、アクトシティ浜松で開催される。
開催チラシが出来上がってきた。
全国から1000名が、みんなでつくるホンモノの地方自治をメインテーマで集まるイベントである。
昨年は奈良で開催されたが、私も古都散策を含め参加しパワーをもらった。
今年は、私は浜松実行委員会で実行委員、地域経済再生分科会で運営委員となり、本業の仕事は正直手がつかない状況だ。(実行委員は皆手弁当で協力している)
分科会(7/22開催)では、お世話になった京都大学の岡田知弘先生が助言者となり、準備にも力が入っている。
現在、レポート報告者では、浜松市産業振興課長が決定、大阪のものづくり、静岡県内の伊豆半島の観光振興、浜松餃子学会から「元気が出る餃子によるまちおこし」など、個別に要請中。
私は、「浜松の地域おこし・まちおこし」という立場で、取り組んでいる。
1日目(7/21)の夜は、「東北3県支援、浜松うまいもの味自慢・地酒交流会」(定員100名)も開催される。チラシに、うなぎ、浜松餃子、シラスが掲載されいる。昼間は勉強会、夜は思いっきり美味しい地酒と浜松名物に舌鼓。
もてなしの浜松、全国からこられた皆さんに、浜松をアピールしたいと思っている。現在、「浜松餃子学会」の会長さんへ協力を要請中だ。温かい浜松餃子を食べてもらいたいという一念から。
さて、色々と準備をすすめているが、失敗やハプニングなどもあるだろうと思う。7月の本番まで「胃が痛い毎日?」が続く。
参加者に喜んでもらえるよう、イベントをこなすということではなく、「楽しみながら」力をつくしていきたい。
地元浜松のみなさんの参加大歓迎! どなた様でも参加できます!
参加費 1日1000円、2日以上1500円、 2日目の分科会弁当は1000円、地酒交流会は4000円
詳しくは、浜松実行委員会事務局の浜松市職員組合まで。開催チラシがあります。
浜松市中区元城町103-2 浜松市役所内北館1階 ☎457-2395
担当 三岡 藤原
もしくは「古書百寿堂」まで ☎472-3975
2012年05月14日
阿修羅像



「仏像大和路」入江泰吉著 保育社発行 1977年初版 定価35.000円 古書百寿堂9.800円
上・・・阿修羅像 興福寺
中・・・鑑真和上像 唐招提寺
下・・・弥勒菩薩像 中宮寺
阿修羅像が人気があるという。妻も一度奈良に行き、拝観したいと言っている。
この中で、鑑真和上像のみ、見たことがある。昨年7月に法隆寺・唐招提寺を訪れた時に。
最近は、なかなか奈良まで足をはこばせることができない。
しばし、入江さんの「仏像大和路」見ながら、大和路にタイムスリップ。
飛鳥の方にも、のんびり妻と歩いてみたい。
2012年05月13日
古寺巡礼(土門拳)




土門拳の「古寺巡礼」写真集第1集より紹介。
1枚目・・・安養寺笠塔婆(部分)13世紀中頃
2枚目・・・法隆寺西院「吉祥天立像」承暦2年(1078年)
3枚目・・・薬師寺増一阿含経第50巻首部 天平宝宇3年(759年)
4枚目・・・表紙
土門拳「古寺巡礼」写真集全5巻/美術出版社発行/1978年刊を過日の東京古書市で手に入れることができた。
土門独自のカメラアイが凄い。引き込まれるようだ。
年を重ねてくると寺や仏像に関心が向いて行くのは何故なのだろうか。
いつまでも若いと思っていたが・・・。
古書百寿堂価格 全5巻セット 30.000円 美本
2012年05月12日
適情録(囲碁の本)



呉清源編集「適情録」 組本社発行 1980年刊 が、過日の浜松古書市で競り落とした。
定値が、本・桐箱・解説本上下2冊のセット価格141.000円と高価な本である。古書百寿堂価格45.000円/美本
解説にあるとおり中国明代(1525年)というから、今から500年前に刊行され、それを復刻本したものだ。
「日本人による中国での囲碁についての最初の記録」というのも興味をひく。
囲碁を良く勉強している人なら、ヨダレが出るくらいの貴重な本だ。
さあ、早いもの勝ちだ!
「解説] (ウィキペディア「フリー百科事典」より)
・適情録(てきじょうろく、適情錄)は、中国明代の囲碁の棋書。林応龍が、日本の僧虚中と協力して編纂し、1525年(嘉靖4年)に刊行された。
・京都東山建仁寺の虚中上人は、明の弘治年間に中国に渡り、杭州で仏教を学びながら、『忘憂清楽集』『玄玄碁経』などから囲碁の棋譜、定石、詰碁など384局を収集して『決勝図』二巻にまとめた。南京の林応龍は杭州滞在中に虚中と親しくなり、二人でこれらを再編し、虚中は帰国することなく当地で死去するが、林応龍は虚中の死後に『玄通集』としてまとめた。さらに20年後に再度これを元に碁経、易経なども加えて『適情録』二十巻にまとめ、鎮江で刊行された。
・明代では、寧献王朱権による『爛柯経』、許谷『石室仙機』、方子振『奕微』、諸克明『秋仙遺譜』、陸玄宇父子『仙機武庫』、明潞王朱常澇『萬匯仙機』、過百齢『官子譜』などとともに代表的な棋書とされる。また日本人による中国での囲碁についての最初の記録とも言われる[1]。「適情」という題は、王安石の詩の中の一節「忘情塞上馬、適誌夢中蝶」から取ったと林応龍は述べている。
2012年05月11日
坂本竜馬



写真は、みなさん御存じ「坂本竜馬」である。私の店の中に飾ってある。
京都東山区の霊前歴史館で以前に購入したもの。歴史観の近くには、霊山護国神社内に坂本竜馬の墓もある。
全国に龍馬ファンが多くいると聞く。
日本が江戸から明治にかけて、幕末という激動の歴史のなか、無名の青年が歴史の歯車を大きく動かしたというところに魅力があるだろう。
明治初期までは、誰も知られなかったというが、司馬遼太郎氏の「龍馬がゆく」で一躍龍馬ブームが起こったもとで、私も龍馬の信者になってしまった。
坂本竜馬のお墓には何回か訪れたことがあるが、「生きる」ということを考える上で、多くのことを考えられていた。
この5巻セットは、豊橋の古書市で競り落としたものである。文庫のセットは店内にあったが、単行本に出会って改めて読んでみたいと思う。
人の一生は短い。平成大不況のもとで、残りの人生、「世のため、人のため」、何か役立てたら良いと思うが・・・。(考えている間にポックリ逝きそうだが)
2012年05月10日
千利休



「茶の湯表千家」千宋左著 主婦の友社 1972年 41刷
上 利休像 伝長谷川等伯筆
中上 楽家二代目常慶作の楽茶碗 金毛 了々斎銘
中下 九兵衛 蒲団釜
下 本の表紙
新茶の季節が到来した。
静岡ではお茶の産地で有名である。小さいころから天竜水系の美味しい水で沸かした美味しいお茶を飲んで育った。
妻の実家(秋田県)に毎年、新茶を送ると大変喜ばれる。静岡人は、ご普通に緑茶を飲んでいるが、恵まれた環境を自覚している人は少ないかもしれない。
私自身「お手前」の知識は皆無である。
以前、紹介したことがあるが、知り合いの家で「お抹茶」をいただいた。
精神的に落ち着くのが自分で分かった。それ以来、お茶に対する認識が変わった。
日本の洗練された文化にモット触れてみようと思う。「男の茶」というのもオモシロイではないか。
この本は、家元の千宗左(第13代)がわかりやすく表千家の作法について紹介したものである。
仕事柄、抹茶茶碗、茶釜などの茶道具に触れる機会が増えてきた。
店には、表千家・裏千家をはじめ、お茶に関わる本も少しづづ揃いつつある。
「骨董・陶芸を楽しむ古本屋」として、みんなに楽しんでもらえるような店づくりをしていきたいと思っている。
2012年05月08日
道祖神



「小県郡依田窪の道祖神」小林大二著/1972年刊/丸子山岳会発行から抜粋。
この本は、豊橋の古書市に手に入れたもの。店の棚に並んでいる。
ご覧いただきたい。道祖神の顔が良い。心が洗われるようだ。
世俗の世界に毎日暮らしているとフト道祖神に触れたくなってしまう。
数日前までは、「まつり」の熱気の中に居たものだから尚更だ。
この本の冒頭におもしろいことが書いてあった。
小県郡は長野県にあり、この地方では、「道祖神」を「どうそじん」と呼んでいないという。
土地の古老は、「どうろくじん」とか「どうそうじん」と呼んでいたということが紹介されていた。
さらに、読み進めると「右神はどうろくじん、左神はどうそうじん。御嶽行者にそうおそわった」とある。
依田窪に行って、ゆっくりと道祖神めぐりをしてみたいと思った。
2012年05月07日
祭りの後

後片付け。

凧糸の補修。

提灯の片付け。
まつり最後のイベント=片付け。これで本年度の「浜松まつり」が終了した。
そして、来年度のまつりに向けてのスタートの日でもある。
さて、まつりの置き土産として、1年半の禁煙が破られたこと。
今のところ妻に内緒で、隠れて吸っている。
こちらの方は、これから一戦交えることになるのだろうか。
2012年05月06日
子ども凧合戦
写真は、まつり最終日午前に行なわれた「子ども凧合戦」。隣町の山下町と中沢町の二町の子ども会による凧合戦である。
子どもたちは、小さいときから「まつり」の熱気を感じながら大人になっていく。そして、親も子ども会活動を縁に、中沢町民になっていくのだ。
いわゆる「地域の絆」が、まつりを通じて子ども達も親もさらに強くなる。
私は、自治会の広報係として、子どもたちの成長を願いながら写真を撮った。
カメラの先には、「合戦」に子ども・親・サポートする凧上げ会の「若い衆」も「オイショ、オイショ」の掛け声が大きくなり、さらに熱くなっている姿がハッキリ見えた。
さて、本日午前中は後片付けを行なった。夜は、自治会をはじめとした各団体役員が一堂に集まり「反省会」を開催する。
無事に「まつり」を終え、「襷(タスキ)を返却する儀式」があり、浜松では「襷(タスキ)脱ぎ」と言っている。
これで、本年度のまつり終了の区切りとなる。
今晩は「美味しいお酒」を飲めるだろうか。
2012年05月05日
まつり本番
まつり本番3日目となった。今年は、いつもの「浜松まつり」とは違っている。
その一つは、2年ぶりのまつりであり、まつりがどんなに生活の中に溶け込んでいるものか、参加者全員がかみしめていることだ。そして、まつりに参加できることの喜びを。
二つ目は、私自身が自治会の末席の役員となってわかったことがある。それは、凧揚げや御殿屋台の引き回しなど、中沢町のまつり全体を、裏から支えている人たちが居るということだ。自治会役員も地味だが、重要な役割を果たしているのだ。
まつりが始まって以来、ブログも更新することができなかったのは、(朝早くから深夜まで)その裏方の一端を担っていたからということの証し?である。
さて、いよいよ本日まつり最終日。もうひとフンバリだ。
2012年05月02日
浜松まつり前日
いよいよ浜松まつりは明日から本番。ところが本日は雨。明日の天気予報は曇り一時雨となっている。
雨は、田んぼや畑には恵みの雨だが、凧や屋台にとって困ったもの。雨の神様、今晩の前夜祭のときの雨はガマンするので、明日から3日間だけは降らないで!
中沢町では、
今晩が前夜祭。
3日 朝5時半中田島海岸で「浜垢」(はまごうり)
昼間 ・・・ 凧合戦
夜 ・・・ 御殿屋台の引き回し(町内回り)
4日 昼間 ・・・ 中田島公園で凧合戦
夜 ・・・ 御殿屋台の引き回し(中央回り)
5日 昼間 ・・・ 中田島公園で凧合戦
夜 ・・・ 御殿屋台の引き回し(中央回り)
6日 午前 ・・・ 片付け
夜 ・・・ 反省会
※「浜垢」(はまごうり)・・・関係各位が中田島海岸に出向き、まつり期間中の無事を祈願し、砂丘の砂を盛り、お神酒を備える儀式。私も、最近は毎年(昨年は除く)参加しているが、この儀式に出るとスイッチが入る。
※写真は、何年か前に町で作った手ぬぐい(まつり用)。浜松は浴衣など染色のまちでもあり、各町ではそれぞれ粋なデザインの手ぬぐいを作って祭りを飾っている。
2012年05月01日
越後の蛸の凧
写真は、「越後の蛸の凧・新潟県」<昭和初期・廃絶>である。
説明文には「 蛸の凧という語呂合わせのような凧だあるが、越後地方一帯では蛸の凧がつくられていた。」「左から越後今町、佐渡の沢根、越後村松、いずれも眼玉が内側に寄って、ユーモアたっぷりの一文凧である」とあった。
ところ変われば、日本全国にはオモシロイ蛸(凧)があるもんだ。
[参考資料]
日本の凧/俵有作編著 薗部澄撮影/菊華社/1970年刊より。
資料によれば、凧の形態には、3つ(大陸系・南方系・本土系)あるという。
浜松の凧は、本土系に分類されていた。秋田や青森と同じ系列に属するというのは意外であった。凧のことだけでなく、民俗学的に見ても興味深いものではないかと思う。
説明文は以下のとおり。
・角凧やそれが変化した凧と、奴凧のように風袋のついた凧のほとんどがこの系統に属し、角凧の場合には凧絵にウェイトがおかれているのが特徴である。
・臼杵、豊後高田、名古屋、三河桜井、浜松、磐田、遠州森、遠州横須賀、遠州相良、駿河、八丈島、東京、長南、三条、越後白根、秋田湯沢、能代、八戸、弘前、青森などが、これに属している。
・大陸系や南方系の凧は西日本のそれも海岸の街に多く、本土系の凧は東日本のことに平野で揚げられる凧が多いことがわかる。
2012年04月30日
5月営業日
こんにちは、(看板娘の)どんちゃんです。みなさんお元気ですか? 5月のお店の営業日についてお知らせします。
[5月営業日]
5/1(火)
7(月) 8(火)11(金)12(土)
13(日)14(月)15(火)18(金)19(土)
21(月)22(火)25(金)26(土)
27(日)28(月)29(火)
臨時休業 5/3(木)-6(月) ・・・浜松まつり関連、 20(日)・・・ 親戚の結婚式のため、 27(日)PM・・・所用のため
※定休日 ・・・ 水・木曜日
※営業時間 ・・・ 9:00-18:00
みんな来てネ。
2012年04月29日
浜松商店街新年繁盛双六(復刻)
写真は、昭和11年1月1日版の「浜松商店街新年繁盛双六」の復刻版である。
浜松の古書市で手にいれたもの。
説明書きには、「本田宗一郎のアート商会」(29番)に掲載されおり、現存最古の広告物と知られる」とある。
世界のホンダの創業当時の会社名がアート商会。中沢町の隣町の元浜町にあった会社である。
また、17番には、映画監督・木下恵介の実家「尾張屋」が載っている。
尾張屋は伝馬町にあった漬物屋とのこと。
復刻とは言え、100部限定の「大珍品」とある。
この双六には、なつかしい昭和(初期)のニオイがした。
2012年04月28日
民芸調「掛軸」
この民芸調の掛軸は、最近開催された浜松骨董市「書画の会」で競り落としたもの。
芹沢銈介のもの?あるいはその弟子の作品か?
少し色落ちしているところがあるが、気に入っている。
芹沢の作品に関心を持ち始めていたとき、この掛軸が目の前に出できた時はドキドキした。
さて、浜松まつりの準備が最終盤を迎えている。
昨日、(中沢町)公民館に行ったら、御殿屋台の上で、小学生の女子がお囃子の練習をしていた。
後は、5月3日~5日の3日間が天気であることを祈るのみである。
2012年04月27日
濱田庄司
昨日は定休日だったが、豊橋での古書市に参加。
豊橋では、良寛全集、会津八一全集、小川国夫作品集、道祖神の本、古銭大鑑などを競り落とした。
さて、本日も民芸の陶芸作家の濱田庄司の作品を紹介する。(現代日本陶芸全集/濱田庄司/昭和56年初版/集英社刊)
写真左上 呉須鉄絵六角鉢 1934年
右上 白刷毛目片口 1936年
下 呉須鉄絵コーヒー茶碗 1935年
これらの焼き物は、染色家・芹沢銈介とも違うスバラシイ感性を感じる作品だ。
私が好きな陶芸作家の一人である。
2012年04月25日
河井寛次郎
写真は、やきものの美 現代陶芸全集第四巻「河井寛次郎」(昭和55年初版/集英社刊)より。
呉須筒描陶硯 1956年 河井寛次郎記念館 (左上)
鉄呉須陶硯 1936年 京都国立近代美術館 (右上)
練上手陶硯 1935年 日本民芸館(左下)
練上手陶硯 1955年 京都国立近代美術館(右下)
以前に京都にある河井寛次郎記念館に行ったが、ここがまたスバラシイ。
河井がこだわったという朝鮮古民家風の住まいの中に「登り釜」がそのまま残っている。
ここも外せない場所である。
2012年04月24日
棟方志功板画
本日は、「東海道棟方志功板画」(昭和39年/朝日新聞社刊/初版)。
東京の古本市で競り落としたものである。
戦前の写真に芹沢銈介と仲好く写っていた棟方志功の作品を紹介したくなった。
この板画集は、柵外[一里塚]、東京から大阪まで61の柵で構成、そして「東海道棟方板画旅行記」が掲載されている。
作品と棟方自身の旅行記がまた良い。
値段は少々高いが、内容は満足してもらえると思うが・・・。
2012年04月23日
芹沢銈介とその仲間たち
昨日の続き。
写真は昭和16年(1941年)5月20日、日本民芸館で撮影されたもの。
後列右から河井寛次郎、芹沢銈介、前列右から浜田庄司、棟方志功、そして、柳宗悦と解説があった。
芹沢美術館で購入した「芹沢銈介--その生涯と作品--」P25に掲載されていた。
柳をはじめ、私が好きな人たちが、一緒に並んで写っている。
彼らは、柳が提唱した民芸運動に呼応して、それぞれ立場で、刺激しあいながら、「美の追求」をしていたのであろう。
何か強いメッセージを感じる。
これからの「仕事や人生」のヒントがあるのかもしれない。フトそんなふうに思った。
2012年04月22日
芹沢銈介美術館
昨日、静岡市へ行く用事があり、店は臨時休業。
そこで、一度は訪問したいと思っていた芹沢銈介美術館へ足を運んでみた。
開館30周年記念展Ⅲ「暮らしにとけこむデザイン~デザイナー・芹沢銈介の仕事~がちょうど開催されていて、しばし民芸の世界にふれることができた。
彼は柳宗悦に大きな影響を受けたというが、作品一つひとつがスバラシイ。
静岡県人ということで、親しみを覚えた。
ぜひ訪れてほしい美術館のひとつだと思う。
「静岡市立芹沢銈介美術館ホームページ」より
<開催中の展覧会>
開館30周年記念展Ⅲ
暮らしにとけこむデザイン ―デザイナー・芹沢銈介の仕事―
2012年1月4日(水)~5月13日(日)
<休館日>毎週月曜日(1/9、4/30を除く)、1/10、3/21
<住所>静岡市駿河区登呂5-10-5 ☎054-282-5522
・芹沢銈介が、本格的に染色家としてデビューしたのは34歳の時で、それ以前は図案家=デザイナーとして活動していました。そのため、染色への取り組みにも柔軟性があり、カレンダー、うちわ、グリーティングカード、包装紙、マッチのラベルといった、それまで型染で作られたことのない日用品に至るまで、積極的に制作しています。
・また、鉄製の看板や軒灯、花筵や緞通といった敷物類、藁細工や樺細工、ステンドグラス、美術館の設計(大原美術館工芸・東洋館)など、染色以外のデザインの分野でも、幅広い仕事を手掛けています。
・この展覧会では、芹沢銈介がデザインした300点の資料により、常に暮らしを意識して制作に取り組んだ、デザイナー・芹沢銈介の姿を浮き彫りにします。

